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猫と長井♫仲良く喧嘩しな (121)

1 名無しさん 2025/06/05(木) 22:46:32.83 ID:KCQry1++0
KeyとKanonを荒らすな
ここでやれ

121 名無しさんだよもん 2025/10/19(日) 00:33:24.11 ID:Q9qpaiCv0
僕はこれまで、ひきこもりや人格障害、あるいは「関係の病」についてずっと考えてきました。
その中で一つ、繰り返し見かけるのは、「他者の痛みを道具にして、自分の関係性を埋めようとする」人の姿です。

たとえば、熊に襲われて顔面を大きく損傷してしまった方。娘さんを殺害された親御さん。今も大震災の後遺症で苦しんでいる方々。そこに物資を運ぶ海上保安庁機の空港衝突事故で亡くなった乗員の方々。あるいは今も水俣病で苦しんでいる方々。
本来ならそこに向けられるべきは、哀悼とか共感とか、もっと言えば「沈黙」のような姿勢であるべきなんですね。

でも、そういう出来事をネタにしてしまう人がいる。
ある特定の相手――ここでは「ねこたん」という人物でしょうか――に構ってほしいがために、他人の不幸を「触媒」として利用してしまう。

これは、単なる悪趣味や炎上目的では済まされない、もっと深い問題を含んでいます。

■攻撃ではなく「関係の渇望」から始まる

こういう人の心の奥にあるのは、じつは強い寂しさや孤立感なんです。でもその寂しさを「助けて」とか「話を聞いて」とは言えない。だから、攻撃というかたちで「関係」を作ろうとする。

ここには精神分析的な視点も役に立ちます。
たとえば、フロイト以降の議論で言えば、攻撃性というのは時に「未熟な愛の表現」でもあります。
彼らは「構ってほしい」んです。ただし、とても拗らせた形で。

■他者の死や苦しみが、関係維持の「材料」になる

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