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戦後の日本 パンパン宿 (3)

1 名無しさん@ピンキー 2024/12/20(金) 14:24:40.11 ID:jAB3LmGa0
パンパン宿の隣で、父に 「よく人間を観察しておけ」 と
 
 [赤塚] 昭和21年に入ってからだと思いますが、米兵相手の売春婦、いわゆるパンパン・ガールが横浜に集まってくるんです。
私の家の隣は、戦争中は海軍少佐夫妻が住んでいたのですが、終戦後、引っ越してしまった。
その家は、地元の土建業者が家主で、その娘が、30歳ぐらいで夫をなくし、空家にしておくのはもったいないと、パンパン宿の姐御になって、7、8人の女性を連れて、そこに引っ越してきたんです。 中には地方の人も女学校を出た人もいましたね。
一番上は45歳ぐらいの和服のおばさんで、一番下が、小学校で私の一級下だった。
大工の娘でした。 
(つづく)

2 名無しさん@ピンキー 2024/12/20(金) 14:25:19.84 ID:jAB3LmGa0
(>>1からのつづき)
 [松信] 1軒だけですか。
 [赤塚] そうなんです。 それも住宅地のど真ん中にです。
GI (進駐軍兵士) 同士や女性同士の、喧嘩もあって夜遅くまで騒いでいる。
それで父に 「うるさくて勉強できない。」 と言うと、私の父は新聞記者でしたが、すかさず 「何を言ってるんだ。 千載一遇のチャンスではないか。 人間というものを、この際よく観察しておけ。」 と言われた。
反抗期でしたが、この言葉には参りましたね。
その通りだと思いました。
それでパンパン宿の隣の少年はじっと見ていた。

 あのころの小説家や随筆家たちは、こうした女性たちのことを 「生活に困って」 と大抵書いている。
当時の新聞や雑誌にも 「多くは家を焼かれ、食うに職なく、生活に困って仕方なく」 と書いてある。
たしかに多くの人はそうだったんでしょうが、必ずしもそれだけじゃないと思ったんです。
性的好奇心、あるいは異国人への好奇心なども含めて、新しい時代の中で、解放感にひたりながら 「新しく生きている」 と感じていた人もいたのではないでしょうか。
堂々としている女の人も少なくなかったですからね。

3 名無しさん@ピンキー 2024/12/25(水) 01:31:27.08 ID:mdsWoGXz0
【悲報】神メーカーやっちまんさん、誰も望んでないのにシネマティックメーカーに謎リニューアルしたあげく僅か2ヶ月で消える

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